野球投手にとっての僧帽筋下部の重要性
野球の投球動作には多くの筋肉が関わっており、その中でも「僧帽筋下部(そうぼうきんかぶ)」(図1)はとても重要な役割を果たしています。僧帽筋下部は肩甲骨の動きと安定性を支える筋肉であり、特に投手にとっては肩甲帯の機能を維持し、肩や肘の障害を予防するために欠かせない筋肉です。この記事では、僧帽筋下部の役割とその重要性について解説します。
(図1)
僧帽筋下部の役割
僧帽筋は上部、中部、下部の三つの部分に分かれており、それぞれが肩甲骨の動きに対して異なる役割を持っています。僧帽筋下部は肩甲骨の上方回旋(肩甲骨を上に回転させる動き)(図2)を助け、肩甲骨を適切な位置に維持する役割を果たします。特に投球動作の中で腕を挙げるとき、僧帽筋下部が肩甲骨を安定させることで、肩のスムーズな動きをサポートします。
(図2)
また、僧帽筋下部は投球の終わりの「減速期(フォロースルー期)」で重要です。このフェーズでは、投球後に腕の勢いを止めるために多くの力が必要となります。僧帽筋下部はこの時、腕の動きをコントロールし、肩甲骨を胸郭に引きつける「求心力」を提供することで、肩や肘への負担を減らします。
(図3)
投手にとっての僧帽筋下部の重要性
投手にとって、僧帽筋下部の筋力は、投球の安定性やパフォーマンスに直結します。田中らの研究によれば、僧帽筋下部の筋力低下は多くの投手に見られ、その結果、肩甲骨の安定性が損なわれ、肩や肘の障害のリスクが高まることが分かっています。また、投手の81%に僧帽筋下部の筋力低下が見られるとの報告もあり、僧帽筋下部の強化がいかに重要かが示されています。
僧帽筋下部は、肩甲骨周囲の他の筋肉群と連携して働き、肩甲骨の安定を保つ「第2の求心力」として機能します。投球時には、まず肩の腱板(けんばん)が「第1の求心力」として働きますが、僧帽筋下部を含む肩甲骨周囲筋群が適切に働くことで、肩や肘の動きが安定し、パフォーマンスが向上します。
(図4)
僧帽筋下部の強化とコンディショニング
僧帽筋下部の強化とコンディショニングは、投手にとっての投球障害予防に大きく寄与します。特に、投球の繰り返しによる僧帽筋下部の疲労が、肩甲骨の安定性を低下させる要因となりやすいため、日頃のトレーニングでこの筋肉を重点的に鍛えることが重要です。
具体的には、以下のようなエクササイズが僧帽筋下部の強化に効果的です。
- うつ伏せになり、肩甲骨を寄せるようにしてYの字になるように両腕を持ち上げます。この動きにより、僧帽筋下部が活性化されます(下動画)。
- 壁に向かって両前腕をつけて、両腕をYの字に伸ばします。両腕を伸ばしたら、そのまま腕を壁から少し離します。このエクササイズでは、肩甲骨の上方回旋と後傾を促し、僧帽筋下部の強化につながります(図5)。
(図5)
- 図6のように片膝をついた姿勢で片手にチューブを持ち、肩甲骨を寄せる動きを意識しながら腕を斜めに上げ、チューブを引っ張ります。同時に反対の手に重りを持つことで体幹の安定性を促しながら行うことができます。僧帽筋下部を含む肩甲骨周囲筋群全体の強化に役立ちます。
(図6)
小中学生へのアドバイス
小中学生の野球選手はまだ体が成長段階にあり、筋肉のバランスや柔軟性が未発達なことが多いです。そのため、僧帽筋下部を含む肩甲骨周りの筋肉をしっかりと鍛えておくことが、将来の障害予防につながります。
安定した肩甲骨の動きを身につけることで、将来的に大きな怪我を防ぎ、長く野球を楽しむことができます。投球の質を向上させるためにも、ぜひ僧帽筋下部の重要性を理解し、トレーニングに取り入れてみてください。
【参考文献】
- 田中稔ら/プロ野球投手の肩甲帯機能と障害発生因子:僧帽筋下部の重要性/肩関節・2012