【はじめに】
みなさん、野球でボールを投げる時に「指や腕にビリッとした痛み」や「しびれ」、「脱力(力が入らない)」などといった症状が出たことがありませんか。
このような症状は、投球動作による神経障害が疑われます。野球による神経障害とはどのようなものがあるでしょうか。
代表疾患としては、主に①四辺形間隙症候群(しへんけいかんげきしょうこうぐん:以下QLSS)②胸郭出口症候群(きょうかくでぐちしょうこうぐん:以下TOS)③肩甲上神経障害(けんこうじょう神経:SSN)④肘部管症候群(ちゅうぶかんしょうこうぐん)があります。
今回は、QLSSとTOSについて解説していきたいと思います。
【QLSSの病態・症状】
QLSSとは3つの筋と骨(上方が小円筋、下方が大円筋、外側が上腕三頭筋長頭、内側が上腕骨近位端)で囲まれた四角形の間隙である。この間隙を、第5.6神経根から起始する腋窩(えきか)神経が、肩甲下筋の前面を外下方に向かい肩甲下筋の下縁と広背筋腱・大円筋腱の間から腋窩に入ります。このQLSスペースを狭めることで圧迫し神経障害が起こります。
主な原因は、後方筋群の硬さとoveruse(使いすぎ)があります。
診断として、わかりやすい兆候はQLS後方の圧痛が挙げられます。そのほか、上肢の感覚障害などがあります。一般的に見つけやすいのはQLS後方の圧痛かと思います。
【図1】文献7)p211~212から引用
投球動作では、コッキング期からボールリリースまでのあいだで症状が出ることが多いです。
【図2】
【TOSの病態・症状】
TOSとは、斜角筋(しゃかくきん:くびの前の筋肉)三角部から小胸筋下部において腕神経叢や鎖骨下動静脈が圧迫・牽引ストレスを受け、頚部(くび)から上肢(うで)の痛み、しびれなどの症状が生じる症候群のことです。【図3】文献7)p207から引用
診断として、上肢のしびれ・痛み・脱力といった運動・感覚障害がありそれが脊椎疾患や末梢神経障害では説明がつかない除外診断で尚且つTOS誘発テストで陽性であることを根拠にTOSと診断されています。
また、野球選手に生じるTOSの主因は筋疲労や投球・打撃によるメカニカルストレスである事が示唆されています。
【図4】文献7)p208から引用
その他、野球選手以外にもいわゆる不良姿勢(骨盤が後傾し、腹圧が適度に入らず、胸椎の後弯が増強し、前部胸郭が開かず、肩甲骨が下方回旋する事)がTOSの発症・増悪因子になります。
【図5】
TOSの診断として、症状誘発テストである3つを紹介します。
- ライトテスト【図6】
座った状態で、両肩を横に90度あげ、肘も90度曲げます。手首付近で橈骨動脈が触れなくなり、手の血行障害によって蒼白になる。この姿勢で体側の位置よりうでを後ろに持っていくとしびれや冷感が見られます。(陽性の場合)
何も変化がなければ陰性となります。
- ライト投球テスト【図7】
⑴の姿勢で、投球側に頚部を回旋(まわす動作)し、⑴に示した症状が確認されます。増強すれば頚部筋腱(けいぶきんけん)による絞扼(こうやく)の増大を考慮する事が大事になります。(陽性の場合)
⑴と同様何も変化なければ陰性となります。
・ルーツテスト【図8】
⑴の姿勢で両手をあげる。指を約3分間屈伸させると、手指のしびれ、前腕の鈍痛増強のため持続不可となる。大胸筋・小胸筋・斜角筋の過緊張(かきんちょう)、伸張性の低下、短縮が原因としてあげられます。
【治療やリハビリテーション】
・QLSの治療。リハビリテーション
主に病院にて治療を行うのであれば、ブロック注射かリハビリを行います。
それ以外に、セルフで行えるストレッチを紹介します。
Ⅰ広背筋・腹斜筋のストレッチ【図9】
左図は、座った状態で伸ばす側の筋肉と反対方向に体を横に倒すことでストレッチングを促します。
右図は、仰向けになり膝を曲げ左右に足全体を倒す。この際、太ももの横側から体幹の横腹が伸びるように行います。
Ⅱ肩後方筋群のストレッチ【図10】
上図は、左が開始姿勢で右が伸張姿勢です。
台や、ベッドに肘を置き、肘をベッドに設置した状態から後ろに体幹を持っていくと脇の辺りの筋肉が伸張されます。
下図は、上図と同様に肘を置きます。この際は、両手を内側にクロスするように設置します。その後、手を反対側にスライドさせていき、重心を動作している肩方向に移動します。すると、肩の後ろのストレッチになります。
・TOSの治療・リハビリテーション
不良姿勢の修正、鎖骨下筋・斜角筋・小胸筋・僧帽筋上部・肩甲挙筋のリラクゼーション、投球動作の指導などが挙げられます。
Ⅰ斜角筋群・胸筋群、僧帽筋群・肩甲挙筋のストレッチ【図11】
左が斜角筋群・胸筋群で、右が僧帽筋群・肩甲挙筋です。
どちらも頚部を伸張する方向へ傾け、左だと胸部を下方へ牽引(けんいん)
右だと肩を下方へ固定する状態で伸張させます。
Ⅱ肩外旋筋・上腕三頭筋のストレッチ【図12】
図9と同じような伸張方法です。
Ⅲ広背筋・腹斜筋のストレッチ【図13】
低いベッドに手を置き、後方へ重心を移動させます。
脇の筋肉(広背筋)と横腹(腹斜筋)の伸張感があればいいと思います。
Ⅳ肩甲骨周囲筋のストレッチや機能訓練【図14】
dog and catと言い、肩甲骨を内側に寄せ、その後丸める行為を繰り返す機能訓練です。これは、肩甲骨の動かしやすさの獲得にもリンクしており、不良姿勢の人や肩甲骨がうまく動かしきれない人にオススメです。
Ⅴストレッチポールを使用した肩甲骨の機能訓練
【図15-1】
ストレッチポール上で仰向けになり、胸を張った状態で肩甲骨を寄せる。
不良姿勢取りがちの人は、このような前面の筋をストレッチし、後面の筋肉を収縮させるようなトレーニングを行うと良いと思います。
【図15-2】
この図は僧帽筋下部の機能訓練になります。図15-1の様に胸を張ったトレーニングの延長線上で、両腕挙上した状態から肘を体幹方向に寄せてくることで肩甲骨の下の筋の機能訓練ができます。
【当院のTOS・QLS復帰プラン】
≪投球開始の条件≫
1鎖骨の上下などの神経絞扼(こうやく)部位の圧痛の消失
2疼痛(痛み)誘発テストの陰性化
3下肢・体幹の柔軟性獲得
4肩甲帯機能の改善
≪投球開始プラン≫
- 1,2が改善後、ランニング開始、バッティング:バント・素振り・ティーバッティング許可。ノック参加:※スローイング不可
- 上記の全てを改善後スローイング
初回、シャドーやネットスローで投球動作確認
・問題点あり→基本動作の指導
・問題点なし→図16プランで
【図16】
【まとめ】
今回は、投球動作において起こりうる可能性の高い神経症状を紹介しました。当院のリハビリにつきましても、この様な症状の野球少年はたくさんいます。ぜひ、これと似た症状だなと思う選手がいましたらセルフでエクササイズをしてみてください。
ただし、症状が強い場合(痛みやしびれが強い、脱力感が強いなど)は、一度整形外科などに受診することをオススメします。
【参考文献・引用文献】
1)尾崎二郎ら スポーツでの肩のoveruseによる腋窩神経障害
2)菅原誠ら スポーツによる腋窩神経麻痺-肩関節痛との関連について-
3)岩堀裕介ら オーバーヘッドスポーツ選手の肩肘痛における胸郭出口症候群の関与と治療成績 肩関節,2013:37巻第3号:1167-1171
4)岩堀裕介ら 投球による腋窩神経障害の発生状況 肩関節,2010:34巻第3号:891-894
5)尾関圭子ら 肩関節自動挙上不能となった四辺形間隙症候群に対する理学療法経験-協議復帰を果たしたソフトボール選手の一例 東海スポーツ傷害研究会会誌:vol.29(Nov.2011)
6)南正孝ら 高校野球選手における胸郭出口症候群-疫学調査と病態の検討 肩関節,2017:第41巻第2号:541-544
7)文光堂 新版 野球の医学 編集 菅谷啓之 能勢康史
MEDICAL VIEW 肩関節理学療法マネジメント 機能障害の原因を探るための臨書思考を紐解く 監修 村木孝行 編集 甲斐義浩
宜野湾整形外科医院 リハビリテーション科 理学療法士 奥間 翼